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1930年代のスーツとは?
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先月ご登場いただいた北海道のMさんのスーツがようやく仕上がりました。 この方は前編の「お客さまいらっしゃ〜い」で詳しくご紹介しましたが某サイトを通じ1930年代米国のスーツのデザインに興味を持ち当社でご注文を頂きました。 この時代はファッション的には非常に有益な時代だったのですが、あまりに昔の話ですのでご存じでない方がほとんどだと思います。 簡単にその時代の特徴を先にご紹介すると次のような感じです。 ■米国1930年代風スーツ■ >>>この時代のスーツはこんな感じでした。長くなりますが時代背景から・・・ □1910年代 >>> 1930年代に入る直前は第一次世界大戦の時代(1914-1918)。 その時代はご存じの通りヨーロッパ全土が戦地となり、ヨーロッパ全体が戦争で疲弊する反面、アメリカは(一応)戦勝国の一員となりました。 ファッションの面では戦時下ですので目立たない存在でしたが、そんな中でも軍服を通じて機能性の高い物へのニーズが高まった時代でもありました。 □1920年代 >>> この時代は困窮をきたし自由が狭まれていた戦争が終わったことへの反動、そして戦勝国であるアメリカは戦後経済的な繁栄を下地にして、それ以前のヨーロッパ中心ファッションから自立する時期でした。 かたやそれまでファッションをリードしていたヨーロッパは戦地となった反動からその立ち直りは遅く、移民の国アメリカがヨーロッパに文化的にも逆転した時期でした。 結果、豊かになったアメリカ人が大挙して英国のサヴィルローへスーツを仕立てに出向いた時代でもありました。 (この辺が1930年代スーツにどことなくブリティッシュのエッセンスがある理由でもあります。) □1930年代 >>> この時代はご存じの通り世界恐慌の時代。 不景気な時代にファッションが開花するはずがない!と考えるのも無理はありませんが、実は違っていました。 30年代時代は確かにブラックマンデー(1929年10月)をきっかけに暗く不況感がありましたが、実はこの時代は直前の1920年代に英国サビルローでスーツを仕立てたアメリカ人富裕層にはまだ財力があったのです。 一見するとおかしな事ですが、大恐慌で普通の人が困窮を極める中でごく一握りのNew Richが相対的に目立ち、彼らがファッション界をリードしたため逆に「人々の羨望」を集め注目されたのでした。 『大恐慌は、まだお洒落をするだけの余裕のある人の手にファッションを戻した』のです。 (エスクァイア:20世紀男性ファッション百科事典より←絶版本当社に1冊アリ!) こうして時代的は背景があっての1930年代ですがそれではデザイン的素材的にはどうだったのでしょうか? □デザイン的特徴 >>> 上述の通り歴史的な背景もさることながらデザインも非常に特徴的です。 ベースは1920年代のブリティッシュが土台となっており、それ以外にこんな所が特徴です。 ・上着は幅の広いピーク襟 ・シングルは3つボタン、ダブルは6×1or2 ・ウエストはかなりタイト目でハイウエスト ・肩はコンケープド ・ボトムは裾幅の広〜く、股上が深〜いデザイン。 |
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□素材的な特徴 >>> 特徴と言うよりは素材的限界ですが、この時代はようやく豊田佐吉の発明した自動織機が世界的に評価され普及し始めた時代ですので、今のような細番手の素材やドレープ性の高い(光沢感のある)素材は存在していない時代。 今の時代から見れば、肉厚で粗野にも見えるツイードタッチの素材、まさにビンテージクロスです。 代表的な素材としては、ツイード、フランネル、ギャバジン等。 原材料は合繊の誕生は1950年代ですから全てウール(純天然繊維)100%です。 さて、 前掲画像は「The 30'S」さんより頂いた物ですが、本文と併せてご覧になりいかがでしたでしょうか? この時代の雰囲気が良く出ているのではないでしょうか? タイトな仕上がりが多いこの時代(太った人は戦争直後にはいなかった?)飽食の昨今ではタイト過ぎますが、この時代を忠実に再現するのでしたらこれ位タイトでなければいけないのかもしれません。 私位の年齢(30代半ば)になれば普通そこそこお腹が出てきますが、その世代には前ボタンが留まらない位にタイトですし、逆にオーダーだからと言ってウエストサイズを大きくしたらこの時代の雰囲気を逆に損なってしまうといった感じでしょう。 さて 前置きが随分長くなりましたが、当のMさんの出来上がりはどうでしょうか? 全体の雰囲気とディテールを見てみますと・・・ ■全体&ディテールの雰囲気■ Mさんは北海道にお住まいのためご着用画像は用意できないこともあり検品時に私自身で試着させて頂きました。(このためスーツが身体にあっていません。) ・シングルの「でか」ピーク襟 >>> う〜ん、雰囲気は出ていますね。「でか」ピークが印象的です。 素材がロロピアーナのFour Seasonsで非常に光沢感が出ていて高級感アリ!です。(↑『光沢感』ここポイントです。) ・襟のステッチ >>> 今回は生地のストライプの色に合わせAMFステッチをブルーにしてみました。生地がそこそこ目立つ柄なだけにあまり違和感はなく、きれいです。 ・フラワーホールを含め糸色をシルバーに >>> たまたま生地の2重ストライプの内の1色がシルバーグレーでしたのでボタンホールはシルバーグレーにしてみました。これもとても良いアクセントです。 ・ チェンジハッキング >>> 襟が大きくウエストをきつく絞っていることもありシャープな印象にしようとハッキングをご提案していました。 ハッキングの傾斜角も±3?と最大限でお付けして更にフラップはスクェアーカットにしたので更にシャープな印象を出しています。 ・拝みボタン >>> これも忠実に再現してみました。(画像ではモデルの私との肩バランスの違いから左右でボタンが多少ずれています。) ・なぜか(??)バルカポケット(これも後でポイント) >>> 30'Sスーツに付いていたかどうかは未確認ですが、ここまで気合いが入っていると通常の箱ポケットだとちょっと物足りなく感じません?お洒落です! |
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★☆★ 東京SHOPMASTERより一言・・・ ★☆★ | |
どうでしょうか?ご覧になり... 『こんなの着れないよ〜』『好きなヤツはいるんだね〜』 色んなご意見があると思います。 正直 私もご注文を頂くまで、この時代はファッション的に開花した一時代程度にしか考えておりませんでした。 が、今回のMさん(そして別途ご相談頂いたSさん)のご注文を受ける内に次第に自分自身興味を持ち、絶版本などを探し研究してみたらこんなに奥深い時代だったとは... 自分がするしないは別としてやはりファッションというのは文化を象徴していて面白いモノです。 (久しぶりに少々アカデミックな気分です。) |
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さて、普通ならここでこのお話はオシマイです。 ですが、今回もこれだけで済まないのが当社の良いところ。続きがあります! どんな続きがあるの・・・? 実はその後、本件で話題に出たお店「DRAPER'S BENCH」さんへお電話し30年代のスーツとはどんな物か専門家からも教えてもらおう!と思いお邪魔してしまいました。 (こういうことができるというのは私ってヒマ人?いえいえ、探求心がちょっと旺盛なのです。) そのやり取りをちょっとご紹介・・・
私は正直かなりショックを受けました。 これまでお値段を別にすれば素材は高級素材が良いに決まっている、という大前提をあっけなく崩されたのです。 そこでお店を見回してみました... 確かに画像のように色んなスーツがありますが、決して素材はロロピアーナのような光沢感もゼニアのような高級感はありません。 むしろ(言い方悪いですが...)とても粗野に見える物ばかりです。 でもそれが本当にこの時代が好きな人にはたまらないのですね。 聞けば、お店の立地も関係しているようで(お店はいわゆるキャットストリートというファッションの最前線で数件隣にはEZゼニアがあるところです) この立地では中途半端はダメなのだそうです。 ニッチな世界、マニアックな世界かもしれないけれど、『これが好き!』という人が目的買いで来るような店でないと大手にはかなわないと... 私も会社の代表として非常に共感を覚えました。 というのは当サイト立ち上げの趣旨は 「他のイージーオーダー店が価格で勝負するならウチは品質・こだわりで勝負しよう!」 というのがそもそもの趣旨だったからです。 この後こういった話をして延々1時間以上お邪魔してしまいました。 そして最後には、当社で使っている縫製工場を紹介して欲しいとか、当社に仕立てを依頼したいとかまで話が発展してしまって・・・ でも悲しいことにこのお店が求めるような生地って生地屋を併設する当社でも扱えないようなマニアックな素材ばかりなんですよね〜。 いや〜今回はMさんのご注文を通じ、私も大変勉強になりました。 ファッションというのは流行に左右されますから、その時代時代のトレンドに乗ることも大切です。 でもどこかの時代に絞ってキメるというのもなかなか歴史的背景や素材的な物を探す苦労等も考えるとこれはこれでとても興味深いことではないでしょうか。 考えてみれば音楽も一緒ですね。 自分が一番多感だった頃の音楽って三つ子の魂百までというようにいつまでも忘れられないですし、モーツアルトが好きな人はモーツアルトの時代を研究することもまた楽しみになる。 皆さんもこんな風にスーツを考えてみるのも面白いかも知れませんよ。 参考文献: 「The 30'S」さんのサイト他、アラン・フラッサーの正当服装論(絶版本)、エスクァイア:20世紀男性ファッション百科事典(絶版本)等にて勉強しました。 |
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