2023年6月16日更新 執筆者:東京店 河本
2023年もいつの間にやら既に折り返し地点に。本当に早いものですね。 毎年憂鬱な気分にさせられる梅雨もついに到来し、ジメジメとした嫌な湿気と今年も絶賛戦い中である東京店の河本です。 さて 先日「お客様いらっしゃ~い」にて40’sスタイルをテーマにしたスラックスのご紹介をしましたが、今回はまた別のお客様からある年代のスタイルをテーマにしたスーツのご注文を頂きましたのでそちらを『お客様ありがとう』でご紹介いたします。 年代別スタイル続きとなっていますが、非常に面白いご注文となりましたので、是非最後までご覧ください。 今回ご登場いただくお客様は、現在21才の大学生で以前からヨシムラをご利用いただいておりますリピーター様のSさんです。 Sさんのご注文は、ご予約なしで直接来店されたところから始まりました。 (Sさんが来店された時、私は別のお客様の接客中だったため、先に店舗スタッフの富田が対応しておりました)
いつものようにお話ししながらオーダーを進めていると思っていたのですが、何だか富田が少し迷っている様子。 私はSさんと富田の会話は聞こえていませんでしたが、富田が迷っている様子でしたので、前のお客様の接客終了後、すぐ駆けつけ話を聞くと、
正直私も注文を受けていいものか、非常に悩むようなスーツでした。 今回のように、ご持参された他製品のスーツ(やジャケット、スラックス、シャツ)と同じようなサイズ感で仕立てて欲しいという依頼はよくあることです。もちろん、型紙自体が違う為、全く一緒のものを作ることは出来ませんが、基本的にはなるべく近づけたものをお作りすることは可能です。 ただ、今回のスーツはちょっと例外でして。。。 一体どういったスーツを着用されていたかというと、
皆さん、こちらの写真を見て今回のテーマ、分かりましたか? バブル時代を経験された方やスーツマニアの方はパッと見てお分かりなられたかと思います。 そう、今回のテーマは、 80年代に流行したスーツスタイル『ソフトスーツ』です!
時代はバブル華やかりし頃(昭和60年代~平成3年頃) 当時は、アルマーニなど外国人体型のインポートブランドを華奢な日本人がオーバーサイズに着るシルエットが大人気で、これをソフトスーツと言っておりました。 諸先輩に伺うと、今では初老の配役が多くなった吉川晃司がアイドルだった時代(吉川晃司は水球をしていて筋肉質な体格でした)に、ソフトスーツを着てTVに出ていたのが印象的で、今のフィット感で考えるとソフトスーツが身体にぴったり合っていたのは、日本人では吉川晃司ぐらいだったそうです。 それだけ普通の人が着ると肩が落ちて上着の丈も長くルーズフィットです。
具体的にはジャケットは、パットを厚く盛り、肩幅も広く強調されています。ただ、敢えて婦人服の柔らかいパットを使用し、またナチュラルショルダーで仕上げることでソフトで丸みのあるシルエットを演出。 ゴージラインや前ボタン位置は極端に低く設定されています。 トラウザーズは、股上が深くタックは多く入れ、また渡り巾、ヒザ巾は極太。ただ、裾にかけては急な絞りを入れたペッグトップ型のシルエットが主流。 1980年代は日本がバブルに狂乱していた時代。人間力や経済力などあらゆる面で大きくみせたいという時代背景からこのソフトスーツのトレンドが作り出されたと言っても過言ではありません。
話を聞くと、今回お仕立てを希望した理由は、就職した際にこのソフトスーツを会社でご着用されたいとのこと。 このようなスーツを入社1年目の新人社員が着ていいものかと思うところですが、昨今ではビジネスシーンのカジュアル化も進んでいることから、自分の個性を発揮できるような自由な装いをOKとする会社が多くなっています。またSさんはそのようなドレスコードの緩い会社を志望されているみたいですので、今回ご要望にお答えできるよう、ご注文を引き受けました。
因みにSさん、前回お仕立てされたのは2年前の2021年。この時お仕立てなられたのは1930年代風のスーツでした。ここで30’sのスーツスタイルについて一からお話しをするととても長くなるので省略しますが、簡単にいうとジャケットは肩先を盛り上げたコンケープドショルダー(肩幅はぴったり)、極度に絞り込んだウエスト(お腹周り)、かなり広めの衿巾でバスト周りのボリュームを強調した逆三角形のシルエット。トラウザーズはオックスフォード・バグズと呼ばれる渡り巾(太もも)から裾巾まで極端に太いシルエットです。 若干ネタバレをしますが、今回と前回のご注文内を比較してみると、
このように、特徴的な部分は寸法にここまでの差があります。 ジャケットとトラウザーズ共に太い一貫したビックシルエットを楽しむソフトスーツと、ジャケットは細く、トラウザーズは太いコントラストの効いたシルエットを楽しむ30’sスーツ。現代ではあまり見られない2つのスーツスタイルをお若くして楽しんでいるSさん。素敵ですね。 さて、かなり話が逸れてしまいましたが、上記で説明した今回S様がご希望されているソフトスーツの特徴について簡単にまとめると、
といったところですが、この中に私が注文を引き受けようか非常に迷った点が1つあります。 それは何かというと、「肩のシルエット」です。
本来、ソフトスーツのパットは婦人服用の柔らかいものを使用し、それを厚くして肩に入れています。また、ナチュラルショルダーに仕上げることで肩周りはボリュームがありながらも、ソフトで柔らかい印象になっているのですが、ヨシムラではここまで柔らかいパットは入れることが出来ず、またどうしても型紙上、肩先に膨らみが出てしまいますので、ここまでのナチュラルショルダーにすることは出来ません。 その為、通常のパット、型紙は使用しながら、何か工夫をしてボリューム感と柔らかさのあるナチュラルショルダーを表現しなければいけないのです。 この肩パットと型紙の問題を解決することが出来るか、それが不安でした。 果たしてこのパット・型紙問題を解決した上、Sさんがご希望のソフトスーツを再現出来たのでしょうか。 それでは、これより完成したスーツをこだわりポイントと共にご紹介したいと思います!
皆さんいかがですか!? Sさんがご着用されていたスーツになるべく近づけることが出来ているのではないでしょうか。 今回、生地は一様ビジネスシーンで使うということで、落ち着いたグレイの無地(ヨシムラオリジナル生地)をお選びなられましたが、リラックス感がありながらもどこか引き締まったような上品な仕上がりとなりました。
今回特に難しかったジャケットですが、それぞれのディテールを細部まで拘り、良い仕上がりになリました。 ソフトスーツの象徴でもあるボックスシルエットですが、最初の方はしっかりプレス等されていることによりかっちりしたシルエットとなっていますが、着用していくごとにどんどんいい意味でくたびれていき、よりリラックス感のある印象になるかと思います。
それでは、各ディテールのこだわりポイントをご紹介していきます。
Sさんのスーツを再現するためには、ただ3つボタンを選びだけではいけません。 3つボタンを選ぶと同時に、ボタン位置、ボタン間の距離の設定も必要となります。 スーツの顔とも言える部分である前ボタンですので、しっかり調整を行い、Sさんと話し合いながら決めていきました。
現在、ヨシムラがメインで扱っているジャケットの型紙は6つありますが、どれもゴージは普通、もしくは高めに設定されています。その為、今回はそのメインの型紙ではなく、もともとゴージが低く設定されている旧モデルの型紙を敢えて使用し、さらにそこから1.5cm下げています。そうすることで、ソフトスーツらしいローゴージを再現することが出来ました。
腰ポケットのフラップ巾と口巾、さらにポケット位置も指定しています。これも大きさや位置が違うと少しではありますが、印象が変わってくるところです。 ここまで指定出来るのも、オーダーならではであります。
ここが今回の一番のキモとなるポイント。私が非常に悩んだ部分です。 先ず、パットは理想である柔らかいパットがありませんので、厚さだけでも出すために、通常の固さで一番厚手の2.0cmパットを使用。 続いて、ナチュラルショルダーを表現するためにしたことは、肩巾を設定した巾よりさらに大きくし、肩先を自重で下に落とすことで、肩先の膨らみを抑えるというもの。 ソフトスーツはもともと肩巾がすごく大きいので、最初の段階から大きくは設定していました。 ただ、それだと肩先の膨らみが取れなかったため、 気にならない程度にまた大きくし、肩先を落とすことで、最初に比べると丸みのあるナチュラルなラインになりました。 正直、Sさんが着用していたものと同じような柔らかいナチュラルショルダーにはなっていませんが、少しでも近づけることが出来たのではないかなと思います。
スラックスもソフトスーツらしいシルエットに仕上がりました。 特に注目していただきたいのは、裾のたるみ。ヒザ巾から裾巾にかけて急な絞りを入れ、また敢えて靴とのバランスを崩すことで、たるみを作りました。 このたるみを作るだけで一気に雰囲気が出ましたね。
実は、今回ベストも一緒にお仕立て頂きました。 にしても、これまた面白いデザインをお選びなられましたね。 ダブル4×2のクラシカルなデザインにショールカラー。粋な組み合わせですね。 このベストにつきましては、スーツと違いタイトに作りましたので、写真のようにスラックスとのサイズ感のアンバランスさがまたオシャンです!
以上、今回は80‘sをテーマにしたソフトスーツをご紹介させていただきました。 Sさん、この度はご注文頂き誠にありがとうございました。 今回直接お渡しが出来ず非常に残念でしたが、笑顔でお受け取りいただいた聞きホッとしました。また何か機会がございましたら、是非一度ご着用されている姿を拝見させてください。 Sさんとお会いできる日を楽しみにお待ちしております。