HOME>いらっしゃ〜い!!>イージーオーダーなのに型紙作成?
オーダースーツのヨシムラ
お客様!いらっしゃ〜い!

 イージーオーダーなのに型紙作成?
師走に入りにわかに慌ただしくなってきましたが皆さんお元気でしょうか?
私達オーダー業界では12月はご注文その物は一服感が出てくるもの、日々仕上がり等々に追われ慌ただしい師走を過ごしています。

そんな賑やかな師走の時期に、今月も一風変わったお客様が東京店に現れましたので早速ご紹介します。

ご注文いただいたのはNさん。
非常に特徴のある非常に凝ったスーツが好きでご注文に至るまでに3回もお店に足を運んでくださった方です。
これまでの経緯を簡単にご紹介しますと、、、
□ 最初のご来店は・・・11月の前半 □
いきなり平日の遅〜い時間にご来店され、ご要望を聞くとビンテージ生地はないか?とのこと。
何でも昔のノスタルジックな古っぽい生地を探しているのだとかで、当社で今期扱っているSCABALの'70S VINTAGE CLASSICS(スキャバル社が70年代風の感覚を再現した最新生地)をご覧頂いたのですが、やはり実際に年月を経た本物のビンテージが欲しいとのことでした。

そこで...2週間ほどお時間を頂き、当社の倉庫を漁ったり、同業の生地屋から本物ビンテージ生地を仕入れることに ...
☆★☆ ちょっと一言・・・ビンテージ生地って? ☆★☆
ヴィンテージ生地とは製造されてからおおよそ20年以上寝かした生地のことを言いますが、実のところこんなに超長期に渡り生地をストックするというのは生地屋としてこれ程リスキーなことはなく、これを専門に扱う生地屋などありません。
時々出てくるとすれば、倒産した生地屋が
売れ残りとして倉庫に放置していた物を見付けるとか...
売れる物なら当然売り切るのが商売ですから、簡単に言うとなかなか売れない変わった柄の物が多いです。
そして、風合いの特徴としては大昔に織られた生地ですから当然
織機が古いため、素材も今のように細番手で軽く柔らかな物ではなく、重量感、重厚感が出るのが特徴で、また長い年月保管されていたため生地の目が詰まっていてガシッとしたとても存在感のある生地になります。

□ 2回目のご来店は・・・11月の後半 □
私が『ようやく生地が揃いましたよ〜』とご案内すると、Nさん直ぐご来店され早速ビンテージ生地のチェック。

往年の名ブランドドーメル社ペッパーリー社こんな所があるのは予想通りの展開ですが、驚いたのは昔のゼニア、しかもトロフェオなんかがあったのが私としては驚きでした。
(でも、素材感は今のゼニアとは比較にならない位レベルは低い物でした。古いゼニアを見ることで昔のドーメル、スキャバルの素晴らしさを逆に実感しました。)
Nさんの方は、このビンテージ生地を前に、、、
またまた生地が決められなくなってしまい、、、1週間後再来店となりました。

□ 3回目のご来店は・・・12月の初旬 □
3回目の来店にしてようやく生地が決まりました。
その生地は >>> 昔のスキャバル
色目はベージュ地のヘリンボーンでいかにも!!ビンテージクロスといった風合いで普通の人は絶対に買わない色柄です!

で、生地が決まったら今度はデザインなんですが、Nさんから見本服を預かりましたのでそれを見ると、これがまた強烈なデザイン

詳細についてはあまりにも奇抜なデザインで、スーツの全体像を見せてしまうと見る人が見ると直ぐメーカーが分かってしまうため、Nさんからのご要望で全体像は出せないのですが、何でもある古着屋でNさん一目惚れしてしまって購入したそうです。

そのポイントを掲載するとこんな感じでした。(これだけでも見る人が見れば結構わかるカナ?)
■ 見本スーツの特徴 ■
1. 強烈なウエスト絞り
スーツを格好良く着るためにはバスト−ウエスト−ヒップのラインで適度な強弱が必要で、これをボンキュボンと出せば、女性ならずともセクシーな雰囲気が出てきます。
とはいえ、実際の身体以上に絞ってしまう訳にもいかないのがセオリーで、この辺がオーダーに限らずスーツを求める際には悩むところですね。

そして、このスーツは『尋常でない絞り』が特徴でした。

ご存知の方も多いと思いますが、ウエストの絞りは腰ポケット上下に位置するダーツで絞っていきますが、このスーツの場合、こんなに絞っていました。
柄がストライプですから是非ご覧下さい。(ストライプに合わせて色線を引いています。)

何と腰ポケットの上までで約3センチの絞り左右で6cmですよ!!
この辺りは通常なら1cm位の絞りですし、トラッドモデルなんてそもそもダーツを入れないモデルもあるのに...
とにかくスゴイ絞りです。

これを着るとなると余程グラマラスな身体の方でなければ本来は着てはいけない絞りです。
実のところNさんもここまでグラマラスな身体つきではありませんでした。

う〜ん、、、このデザインに近づけるのか・・・
良いのかな。。。これでは着用時に色んな無理が出てくるゾ。

2.やっぱり色んな無理が出ています!
見本スーツは大変雰囲気(味わい)のあるスーツで凄くカッコイイのですが、いかんせん、オーダー物ではありませんでした。
Nさんの着用姿を見ると、幾つかの点でおかしな所が見つかりました。

それは・・・肩下がりから来る釦位置のズレ
ベストの画像をご覧頂くと分かりますが、Nさん右肩下がりが強烈で何とボタンが左右で合わないのです。
この辺が古着屋で購入した限界なのでしょうか、
実際無理して着用するとピンク線で加筆したように引かれジワが右胸だけ出てしまうのです。

う〜ん、これは当店に来られた以上この辺は補正しないと、ウチのスーツとは言えません!!
この辺は補正しなくては・・・
...とはいえ、仮に適切な補正をしたとしても、そうすることでNさんの求めるスーツから乖離してしまってはいけないし、、、
う〜ん、う〜ん、、、
オーダーか?それとも割り切って単なる型抜きにするか?

悩んでいたところに当社の技術面アドバイザーの中島氏が現れたのでちょっと聞いてみました。

:「中島さん、このスーツのデザイン(ウエスト絞り等)が気に入っているお客様なんですが、このまま型抜きして仕立てても良い物でしょうか?」

Nさん:『私この強烈なウエスト絞りが気に入っているんですよ。それを再現できませんか?」

中島氏:「(言葉を選びつつ、、、)このスーツは絞りすぎで色々と無理が来ています。本当にお客様のですか?
例えば、腰ポケットの所、黄色の部分引かれているでしょ。(筆者注:左右の画像を比較してご覧下さい。)
これは良くない引かれジワです。絞りすぎで芯地が付いて来ていないんですよ。他にも、釦位置がズレていたり○○や△△もあります。これは直した方が良いと思いますよ。」

う〜ん、さすがです。
表面に出てくる引かれジワなどは無論分かりますがそれがどうして起きるかなどは実際にハンドで仕立てた経験があるからこそ言える重みのある発言です。
こうなるともはや私のファンと言うより中島さんにぞっこんです。

Nさん:『では、このスーツの雰囲気を保ちつつ身体に合わせるにはどうすれば良いのですか?』

中島氏:「そうですね、もし希望されるなら私がこのスーツの型紙を作りましょうか? そして、その型紙にNさんの体型補正を加えますから、それをイージーオーダーで仕立てたらいかがでしょうか?  もちろんフルオーダーでもWelcomeですが、、、」

:「えっ?!本気?でもこれならコストも抑えられるし、オリジナルの雰囲気も守れそうだな。」

でも、これって凄いこと言っていますよ、実は。
だって、イージーオーダーなのに型紙を作ってしまうんですから...
しかも、出来上がりに対してとはいえ仮縫いに準じた体型補正を加えるんですからね。

う〜ん、、、これはWEBネタ!!

で、当のNさんと相談したところ、Nさんとしてはここまで中島さんにアドバイス頂いたなら是非型紙を作って欲しい!ということになり、(中島氏のセールスに反して?)イージーでのご注文となりました。

そして、ご注文の内容はこんな感じに・・・
■ ご注文内容 ■
生地 :スキャバル社製のおおよそ30年前のビンテージクロス

デザイン:3つ釦上2つ掛け+ベスト付き

体型補正:今回のオーダーでは外見的デザインは二の次で体型補正を中心に説明するとこんな補正を加えました。

・ウエスト絞り >>> ホントはこれは忠実に再現したかったのですが、いかんせんボタンが留まらないのでギリギリの所としてボタン1個分約2cmサイズアップ。これでもかなりタイトなハズですよ。

・ダーツ処理 >>> 強烈なダーツの取り方は見本服の特徴でしたから、弊害はありますがこれはそのまま踏襲することに。(果たして工場が縫えるか?...工場には直接事との経緯を説明しなくてはなさそうです。)

・右肩下がり >>> 型紙から補正しましたから、もうボタンがズレることはありません。

・アームホール >>> タイトなシルエットに付き物なのはアームホールが小さく、袖幅が細いこと。
見本のスーツはアームが小さすぎて脇が当たっていましたのでちょっとアームホールを広げるようにしました。
   これで着心地もUPするはずです。

さて、このスーツ、
仕立てはイージーオーダーなれど、フルオーダーに近い体型補正を加えた型紙付き。
それぞれの良さを取り入れたご注文でしたが、さて仕上がりはいかに?
非常に興味のあるご注文を頂きつつ、今年は越年することになりそうです。

年始に出来上がりをご紹介いたしたいと思います。どうぞお楽しみに〜

□ 補 足 □

今回の仮縫い作成サービスですが、普通の人には無縁のサービスです。
というのは、今回のNさんはクルマで言えばカスタムカーが好きなお客様であり、メーカー車にそのまま乗っている普通の人には必要のない物だからです。
でも、例えばこんな人、、、
肩のバランスが左右で違い、既製服だと釦位置がズレる。とか
左右の胸の筋肉バランスが違い衿が浮く(←剣道経験者に多い)とか
限界ギリギリのタイトフィットを出来るだけ無理なく作りたい人
などで、今まで既製服やイージーオーダーで満足出来なかった人には型紙から作成するというサービスは面白いご提案かも知れません。

ちなみに、お値段の方は、体型補正+型紙作成で21,000円ほどです。
型紙を作らないまでも、フィッターを通じてお客様の体型把握、今着ている既製服の限界、イージーオーダーの限界などの話を聞くことも、結構勉強になると思いますよ。

フィッターは概して口下手な人が多いですが、上手く相談すると自分の意外な一面を教えてくれるかも知れません。

□ お ま け 話 〜ビンテージクロス悲哀〜□

今回は余談が多いですね、、、でも、ちょっとだけお付き合い下さい。

皆さん、今回紹介したビンテージクロスってご興味ありますか?
このビンテージ年月を経て色んな所を回り回って自分のスーツになるなんて思うとちょっと感慨深いですよね。

そんなビンテージクロスですが、思わぬ落とし穴もあります。
それは例えば、、、生地の長さが足りないことです。
実際にビンテージクロスを見ると>大抵が2.8mカットの生地かせいぜい3.0mの生地です。
最近は1着分3.2mというのが業界標準ですからこれですと生地が不足してお仕立てできません。
つまりビンテージでは好みの生地が見つかったからと言ってそのままご注文とは行かないケースがあるのです。

そして、これにはこの業界の変化や時代の変化が大きく影響しているんです。
一つは、我々日本人の体格がこの30年でグッと身長が高くなり体格が良くなったこと。
・・・当然使う生地もより長く必要になるわけです。

そして、もう一つは工場縫製が多くなり、生地に直接型紙を当てギリギリ無駄の出ない裁断が出来なくなってきたということ。

後者の方は残念な事ですが、これも時代の流れという物なのでしょう。
少し寂しい思いがします。

ところで、今回のNさんのスーツ。
生地は3mしかなかったため、3ピースのお仕立てで3mと2.8mの生地2枚をご用意しました。
イージーオーダーなら3.3mは必要だからなんですが、お仕立てするに当たって型紙を作りましたからその過程で生地に当て込むと...
なぁ〜んと、3.0mでベスト付で生地が取れるではないですか!!

Nさんには3.0m+2.8mで生地代を請求し、1着分ガメてしまった悪いSHOPMASTERでした!!
(でも、この原稿でNさんにバレるな・・・)

こんな事も中島マジックです。今回は色々と勉強になりました。